目黒大鳥神社ってどんな神社?見どころやご利益について解説

目黒大鳥神社ってどんな神社?見どころやご利益について解説

東京都目黒の総鎮守。 それが目黒大鳥神社(めぐろおおとりじんじゃ)です。 古くから目黒の人々に愛され、毎年11月に行われ … 続きを読む 目黒大鳥神社ってどんな神社?見どころやご利益について解説


この記事は約5分で読み終わります。

目黒大鳥神社 本宮

東京都目黒の総鎮守。
それが目黒大鳥神社(めぐろおおとりじんじゃ)です。

古くから目黒の人々に愛され、毎年11月に行われる酉の市(とりのいち)は非常に有名ですね。

今回はそんな目黒大鳥神社の「歴史」と「見どころ」を紹介したいと思います。
ぜひ最後まで読んでください。

目黒大鳥神社 歴史

目黒大鳥神社の歴史

71年~130年:創建
806年:社殿が造営
1835年:初の「酉の市」が開催
1972年:村社になる
1889年:合併により下目黒一帯の鎮守となる
1945年:東京大空襲によって社殿が焼失
1961年:拝殿を再建
1962年:本殿を再建
2006年:御鎮座1200年祭が斎行

71年〜130年に、目黒の地に国常立尊(くにのとこたちのみこと)を祀った社がありました。

その社に日本武尊(やまとたける)が東方の敵を倒すための東征(とうせい)の途中で立ち寄りました。

その際に「東征の平定」と「目を負傷した部下たちの平瘉」を祈願しました。

すると戦で勝利を収めたばかりか、部下の目の傷まで癒える奇跡が起きました。

目黒大鳥神社 おみくじ

そのようなことから、日本武尊は持っていた十握剣(とつかのつるぎ)を社に奉納しました。

その後、時は流れ「ある日、目黒の地で日本武尊の霊が白鳥に乗り、大和を指して飛んだ」といった不思議な出来事がありました。
そこから、白鳥伝説が生まれ目黒では国常立尊の他に日本武尊を祀るようになり、現在の目黒大鳥神社の原型ができたようです。

目黒大鳥神社

目黒大鳥神社のご利益

子宝/縁結び/厄除け/学業成就/病気平癒/商売繁盛/出世成功/火盗除け/安産祈願/諸願成就

目黒大鳥神社の主祭神は日本武尊です。

出世運などで有名ですが「敵の野火に囲まれたとき、草薙の剣を振るって草むらをなぎ倒して危機を脱出した」といったエピソードがあります。

実は「火事関係のご利益」でも有名なのが日本武尊です。

また目黒大鳥神社では他に、国之常立神や弟橘媛(おとたちばなひめ)なども祀っています。
そのため、さまざまなご利益が期待できます。

目黒大鳥神社の見どころ

目黒大鳥神社には多くの「見どころ」があります。

いくつか、ピックアップして紹介したいと思います。

長提灯

目黒大鳥神社 長提灯

拝殿の左右両側に、江戸消防第二八區(えどしょうぼうだいにはちく)の文字が書かれた長提灯があります。

この長提灯は「江戸消防記念会」からの奉納物です。

「火事と喧嘩は江戸の華」

上記のような言葉があるように、かつての江戸の街は火事が頻繁におきていました。
そのため、江戸には多くの消防組織があったんだそう。

その当時の消防組織の後裔(こうえい)が「江戸消防記念会」で、目黒大鳥神社とも深い関係にあるようです。

オオアカガシの木の石碑

2012年まで目黒大鳥神社の境内に、東京都の天然記念物に指定されるほど、学術上貴重なオオアカガシのご神木が存在しました。

しかし、排気ガスの影響で枯れ切ってしまいました。

オオアカガシの木は、貴重な木であったため、その存在だけでも後世に残そうと石碑が建てられました。

切支丹燈籠

オオアカガシの木の石碑の近くに、切支丹燈籠(きりしたんとうろう)があります。

キリスト教が禁止された江戸時代のもので、現代の慶応大学三田キャンパス付近にあたる、肥前島原藩松平家下屋敷の下に隠されていたようです。

当時の島原藩は、特にキリスト教に対して厳しい藩でした。

そのようなものが島原藩の屋敷の下にあり、切支丹燈籠として信仰されていたのは驚くべきことです。

切支丹燈籠は非常に貴重なため、大正時代に目黒大鳥神社へ移されてきました。

酉の市

目黒大鳥神社では毎年11月に「酉の市」が行われます。

酉の市とは「熊手」などの縁起物を購入し、1年の無事の報告と翌年の福を願う特殊な神事。

目黒大鳥神社で売られてる熊手は「大きいもの・小さいもの・電飾で光る熊手」など種類が豊富です。

さらに、目黒大鳥神社では熊手に稲穂(いねぼ)とお札を付けた「熊手守り」が酉の市限定で授与されます。

酉の市の日程

酉の市は11月の「酉の日」に複数回開催されます。

1回目の開催:一の酉
2回目の開催:二の酉
3回目の開催:三の酉

1ヵ月が30日だったり31日だったり年によって変わるので「三の酉」が開催されない場合もあります。

実は昔から「三の酉がある時は火事が多い」といった言い伝えがあります。

江戸時代は現代のような消火技術がなく、火事が起きれば火元より風下の家を壊して延焼(えんしょう)を防ぐ破壊消防が主流でした。

みんな火事が起きれば住む家がなくなってしまったわけで、その意味で酉の市のような神事は重要な意味を持っていたのです。

酉の市の正確な日程は、目黒大鳥神社のホームページやツイッターで確認できます。
ぜひチェックしてみてください。

まとめ

目黒大鳥神社 本殿にぶらさがる灯籠

以上、目黒大鳥神社の「歴史」と「見どころ」を紹介しました。

目黒大鳥神社は古くから地元の人に愛され、交通量の多い場所にあることから、普段から参拝客も多い神社です。

JR山手線目黒駅西口から「徒歩で7分程度」と気軽に足を運べる神社なので、目黒に行く際は、ぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか?

目黒大鳥神社 軒下