本殿の後ろは崖

小川町腰越の鎮守 腰越氷川神社〜まだ雪の残る2月の参拝レポ〜

今日はちょっとマイナー?な埼玉県小川町にある腰越氷川神社をご紹介。 隣町である秩父には、三峯神社・秩父神社・寶登山神社と … 続きを読む 小川町腰越の鎮守 腰越氷川神社〜まだ雪の残る2月の参拝レポ〜


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今日はちょっとマイナー?な埼玉県小川町にある腰越氷川神社をご紹介。

隣町である秩父には、三峯神社・秩父神社・寶登山神社と大きく、そして有名な神社があるのですが、小川町にはあまり有名な神社がありません…

先日、車で走っていたところ、「指定村社 氷川神社」の社号標を発見!

カメラマンKOBO

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ちょっと立ち寄ってお参りしてみることにしました。

腰越氷川神社 鳥居と狛犬(こまいぬ)

こちらは神社の入り口。
鳥居と狛犬が迎えてくれます。

腰越氷川神社 鳥居と神額

ちなみにこの日の訪問は2月の頭。

腰越氷川神社 境内の様子

つい先日雪が降ったばかり。
街はもう雪は残っていないのですが、やはり山の中にあるので、多少温度が違うのか雪が残っていましたね。

腰越氷川神社 鐘

手水があり、その奥には梵鐘がありました。
青銅で作られたものでしょうか?

神社に梵鐘があるのはちょっと珍しいですよね。

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お寺のイメージがありますね。

腰越氷川神社 青銅?の大きな鐘

なぜかと思って調べたところ、江戸時代には本山派修験の金住院が別当となり祭祀を行っていたんだそう。

金住院は山号を腰越山と言って、腰越氷川神社に隣接していました。

ですが、神仏分離によって廃寺となって、院主は笹山姓を名乗って復飾し、昭和十年頃まで神職を務められたそうです。
※神仏分離(しんぶつぶんり)とは、神仏習合の慣習を禁止し、神道と仏教、神と仏、神社と寺院とをはっきり区別させること。

神社なのに鐘楼が境内にあるのは、金住院と関係の深かった神仏習合時代の名残とのことでした。

ちなみにこちらの鐘楼は2代目で、初代の鐘楼は天保四年(1833)の太平洋戦争で供出したため、
写真の二代目の梵鐘が昭和五十二年(1877)に氏子の浄財によって奉納されたものなんだそうですよ。

腰越氷川神社 平家

こちらは社務所。
本日はお留守のようでした。

腰越氷川神社 小川町が建てた案内看板

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社務所の前には、こんな案内が建っていました。

氷川神社の創立については不詳であるが、祭神には素戔嗚尊、奇稲田比賣命、大那牟遅命がまつられており、腰越の鎮守として「氷川様」と呼ばれている。
古くは、神事として火渡りの行事や例祭十月十八日には、甘酒の振舞いも行なわれていたが今では途絶している。
境内には、子授けや安産祈願にご利益があるといわれている産泰神社があり地元の信仰が厚い。(埼玉県小川町より)

先程書いた「金住院」が祭祀を行っていたころのお話ですが、その頃「氷川神社」は火防の神としての信仰が厚かったんだそうで、戦前は毎年一月に火渡りの行事が行われていたんだそうですよ。

腰越氷川神社 境内の様子その2

こじんまりした雰囲気ですが、なんだか居心地がいい。

腰越氷川神社 拝殿と石碑

少し寂れた雰囲気ではありますが、昔は活気があったのでしょうか。

腰越氷川神社 拝殿と石碑その2

本殿の横には記念碑。

腰越氷川神社 本殿

こちらが本殿。(社殿)

腰越氷川神社 雪の残る本殿

本殿に掛けられた神額。
木目が美しい。

腰越氷川神社 神額

本殿の奥は竹藪になっていて、進めそうでしたが、ここまでとしました。

腰越氷川神社 境内の様子その3

竹藪を進み、崖上まで行くと御嶽山大神、三笠山大神、八海山大神と彫られた碑が建っているんだそう。

雪が残っている可能性もあるし、足元がちょっと悪そうだったので次の機会に取っておくことにします。

本殿の後ろは崖

本殿を引きで見てみると、後ろ側は崖になっていることがわかります。

カメラマンKOBO

KOBO

カッコよくて一人テンションが上がります。笑

後ろの崖は、天王山と呼ばれる岩山なんだそう。

今現在は切り立った崖に抱かれるように建っていますが、昔は鳥居の正面に社殿があったらしいです。

「埼玉の神社」(埼玉県神社庁発行)によると、現在の社殿は、昭和五十一年に岩山を削って再建されたものなんだそうですよ。

ご由緒は坂上田村麻呂が東征の際、その家臣が祀ったものとの伝説があるそうです。

★坂上田村麻呂(さかのうえ の たむらまろ)はこんな人物
坂上 田村麻呂は、平安時代の公卿、武官。
名は田村麿とも書く。
姓は忌寸のち大忌寸、大宿禰。父は左京大夫・坂上苅田麻呂。
官位は大納言正三位兼右近衛大将兵部卿。勲二等。贈従二位。
4代の天皇に仕えて忠臣として名高く、桓武天皇の軍事と造作を支えた一人であり二度にわたり征夷大将軍を勤めて征夷に功績を残した。

腰越氷川神社 境内の様子その4

こちらは社殿の裏側?その崖下の岩穴です。

中には産泰様が祀られており、子宝に恵まれない女性が神体の石棒をなでると御利益があるといわれているんだそう。

なお、氏子の間では、牛に乗った神像がかつて本殿内に祀ってあったことから、「牛は明神様の乗り物」といい、牛を飼うのが禁忌(きんい)となっていたそうです。

腰越氷川神社 境内の様子その5

腰越氷川神社の基本情報

腰越氷川神社 入口

〒355-0327
埼玉県比企郡小川町腰越1382

0493-72-1359(宮司宅)

アクセス

小川駅から徒歩で行くのはちょっと難しい距離です。
(駅から神社まで4キロちょっと。約1時間)

駐車場は用意されてないものの、神社の前に空いたスペースがあったので今回はそちらに停めさせていただきました。

神社の駐車場だったのか、若干の心配はありましたが…

腰越氷川神社まとめ

小川町の鎮守として、地元の方に愛されてきた腰越氷川神社。
初めてお伺いしましたが、澄んだ空気と自然を感じられ、良き時間を過ごせました。

氷川神社といえば、総本社の「大宮氷川神社」が有名ですが、日本全国で220社の氷川神社があるとされています。
全て巡るのはちょっと難しそうですが、仕事でも旅先でも見つけ次第参拝をしてレポしようと思います。笑

以前は樹齢1000年の大きな欅(ケヤキ)の木があったんだそうですが、今回見つけることはできませんでした。
また次に行く機会があれば探してみたいと思います。

もしかするとこちらを目掛けて来られる方は少ないかもしれません。
近くに目立って見どころも無く…(失礼!笑)

しいて言うなら、秋のお彼岸に一斉に咲きだすヒガンバナがとても綺麗な場所「彼岸花群生地」や、
安産祈願の女人講碑が建ち、9月には秋海棠(シュウカイドウ)のピンクの花が咲き乱れる「二十二夜塔」があるくらい。

どちらもマイナーではありますが…個人的には見応えアリだと思いますよ!

カメラマンKOBO

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寄居や秩父も近いので、このあたりを車で走ったついでに立ち寄ってみても良いかもしれません。