女化神社へ七五三の出張撮影

茨城県の女化神社(女化稲荷神社)に七五三の出張撮影

どうも出張カメラマンのKOBOこと小堀です! 茨城県は龍ケ崎市にある、女化神社(おなばけじんじゃ)に行ってきました! こ … 続きを読む 茨城県の女化神社(女化稲荷神社)に七五三の出張撮影


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七五三の出張撮影で女化神社へ

どうも出張カメラマンのKOBOこと小堀です!
茨城県は龍ケ崎市にある、女化神社(おなばけじんじゃ)に行ってきました!

こちらは初めての神社さん。

女化神社の由来がおもしろい!狐伝説?物語?

女化神社には古くから伝わる物語と言うか、伝説のような物が残っているのです。

命を助けてもらったキツネが、女に化けて助けてもらった男の人のところへ嫁ぐお話。

まるで昔読んだ「ごんぎつね」みたい!

めっちゃ面白くって、全部読んでしまった…最後は少し切ないお話(涙)

もしお時間がある方は読んでみて↓

娘に化けた きつねの話

むかし、根本村(現在の新利根村根本)に忠五郎ちゅうごろうというやさしい若者がいました。ある日、土浦で筵むしろを売っての帰り道、女化ヶ原おなばけがはらにさしかかると一人の猟師が眠っている大きな白ぎつねを射ようとしていたので、忠五郎が大きなせきばらいをしてきつねを逃がしてあげました。「ひとの仕事を邪魔しやがって」と猟師は怒りましたが、筵の売上全部を出して謝りました。

その夜のこと、忠五郎の家に若い娘と老人がたずねてきました。「奥州から鎌倉へ行く途中、道に迷って困っています。どうか一晩泊めて下さい。」忠五郎は二人を泊めてあげました。翌朝、忠五郎が目をさますと、下男げなんに路銀ろぎん(お金)を持ち逃げされてしまったと娘が泣いていました。 そこで娘は忠五郎の家にしばらく居ることになりました。八重やえという この娘は、この世のものとは思われない美しさで気立てのやさしい働き者で、やがて忠五郎の嫁になりました。

幸せな家庭に8年の月日が流れ、鶴つる、亀次郎かめじろう、竹松たけまつという三人の子供に恵まれました。ある秋の日、八重は竹松の添寝そいねをしているうちに寝いってしまったところを遊びから帰ってきた子供たちが見ると、母親に大きな尻尾しっぽが出ているではありませんか。「大変だ~、おっ母かあがきつねになっちゃった~!」 と腰を抜かさんばかりに驚き、父親のところへとんでいきました。
忠五郎が急いで帰ってみると八重の姿はなく、「みどり子の母はと問わば女化の原に泣く泣く伏すと答えよ」という書き置きだけがありました。

忠五郎が三人の子供を連れて、きつねの足跡を追ってくると、森の中に穴があり、そこはあの女化ヶ原でした。「おっ母!出て来ておくれ。」と涙ながらに呼びかけました。すると中から「こんな姿になって、もう会うことは出来ません。」と声がしました。「どんな姿でも驚かないから出て来ておくれ!」「ほんとうに驚かないでくださいね。」と一匹のきつねが穴から飛び出して、子供たちの顔をジーッと見つめ、「私がおまえたちの守り神になります。」と泣きながら走り去りました。この穴は、女化稲荷の北方300m位の所にあり、お穴として祀まつられています。

女化神社の公式サイトから引用

どんどん興味が湧いてしまって、いっぱい調べてしまいました。笑

女化神社の創建は1509年とされています。
不思議な狐のいた場所に建てられたそう。

はじめは稲荷大明神と呼ばれており、
稲荷大明神→女化稲荷社→保食神社→女化神社と名前が変わっています。

とっても綺麗な社殿!紅葉も綺麗でした!

イチョウの木と鳥居

女化神社(女化稲荷神社)の鳥居

女化神社(女化稲荷神社)の社殿

女化神社の境内

女化神社のロケーションを動画で見てみる

七五三のお写真紹介!

女化神社に七五三の出張撮影1

女化神社に七五三の出張撮影2

女化神社に七五三の出張撮影3

女化神社に七五三の出張撮影4

女化神社に七五三の出張撮影5

女化神社に七五三の出張撮影6

女化神社に七五三の出張撮影7

女化神社の場所(アクセス)

女化神社

住所:〒301-0004 茨城県龍ケ崎市馴馬町5387
電話:029-872-2237

かなり広い駐車場があって、ゆったり停められました!

女化神社の地図(GoogleMap)